カナダでは最近、夏の山火事が問題になっています。温暖化によって積雪量が減っているからだとか、降雨パターンが変わって空気が乾燥しているからという理由もあるのでしょうが、実はそれ以外にも人為的要因があるとGlobe & Mailの記事で学びました。
そもそもカナダの森林の植生は、山火事を前提としたものだそうです。落雷によって、自然に山火事は起きます。それによって古い植物が焼かれ、そこからまた新しい命が芽吹いていくことが、太古から続く自然循環だったそうです。ヨーロッパからの移住者が来る前の先住民族もこの自然循環を理解しており、さらに人為的な山火事を起こして植物の生育を促すような知恵もあったそうです。
そんな山火事が日常であるべき森林地帯に、「環境を守るために、山火事は悪」という近代ヨーロッパ的価値観が持ち込まれてしまいました。消防技術の発達によって、確かに小規模な山火事が広がる前に消し止めることができるようになりました。しかし、「世界から火事がなくなりました。めでたし、めでたし」とはならないのが現実世界の面白いところ。本来であれば小規模な山火事で燃えていたはずの木々が残ってしまい、それが滅多に起きない、人手に余るような大火事の際には燃料となってさらに大火事の被害を広げてしまうことが分かってきたのです。
山火事を防ぎたい。燃えている植物、住まいを追われる動物や人を見るのは、確かに心苦しいものだし、何とか助けたいと思う人間の良心は本物でしょう。一方で、大きな自然な流れに無駄に抗っているようにも見える。自然の摂理を理解しない人間の浅知恵による行動だと言ってしまうのは簡単ですが、助けたいという本能的な衝動と、助けると将来の被害がより大きくなるかもしれないという矛盾をどう解決していけばいいのでしょうか?
似た事例はいたるところにあります。景気対策もその一つ。景気が悪くなって倒産が増えるのは、それだけを見ると痛みがあるのですが、それによって競争力のない企業が淘汰されて、新しい、より強い企業が生まれる環境ができる。まさに山火事と同じではありませんか?日本のように政治が過度に倒産を嫌う政策(低金利、補助金)を取った結果、弱い企業が残ってしまい、全体として経済の競争力や活力が失われてしまっているように感じます。火事を目の前にしながら、それが長期的な全体最適につながっているなどと達観するのはとても難しいことですが、本能に勝つために日々学んでいきたいです。
最後に、カナダを代表するJasper国立公園の同じ場所で1915年と2020年に撮った写真です。1907年に国立公園に指定される前は、40-60年周期で山火事があったそうで、結果として木々が散らばって生えていました。それが、山火事を抑えるようになった現在では、我々がイメージする密集した森林地帯になっています。現在の姿が「自然」であるかのように洗脳されていますが、人為的に山火事を抑えた結果で実は全く自然ではないというのが皮肉なところです。
